パンフレットの枕

    普段Adminを担当しているSolが現在南米へ出張中。
    ポルトガル語とスペイン語が出来るSol、エージェントさんをめぐりながら、あちこちでセミナーを行っている。

     

    12時間の時差があるため、私が学校に出勤する頃にはSolが一旦ホテルに戻り、夜10時のディナーに備えている事が多い。

     

    そんなSolが先週の金曜日、かなり興奮しながらスカイプで連絡をよこした。「聞いて聞いて聞いて!」とブラジルだからOKな大声。

     

    なんと、あるエージェントさんへ足を運んで5分もしないうちに、見覚えのある人がオフィスに入ってきたらしい。
    二人であっ!と声をあげる。去年の8月にSolが開催したセミナーに参加し、Inforumが気に入り色々と質問をしていた男性だった。

     

    Solがその日、その時間にブラジルに来ていると知らず、Inforumへの申込書をエージェントさんへ偶然持って入って来たのだった。
    「すごい偶然でしょ~。I was really surprised!」とSol。

     

    ブラジルでは3千円程度のシャツ一枚でも分割払いが普通だ。
    なので、授業料の様に高額なものは当然分割払い。
    だから、ブラジルから届く入学申込みはほとんど6ヶ月から長いもので2年先のものもある。

     

    頭金を用意し申込みを済ませると、その後は出発の1ヶ月前まで、毎月貯めたお金をエージェントさんへ預けに行き、全額支払いを終えた時点で学校にお金が振り込まれる。
    彼も7ヶ月かけて頭金をため、晴れて申し込みに来たらしい。

     

    「彼が握りしめていた2013年の(インフォーラムの)パンフレットがもう、ボロボロなの!」と話を続けるSol。
    なんと、パンフレットを枕にして寝ていたそうだ。(Sol曰く、かじったような後もあったらしい?)

     

    仕事が辛かったり、お金が思うように貯まらなかったり、思わぬ出費がでたり、そんな事があるたびに、パンフレットを枕にしながら、
    「この為に僕は頑張っているんだぞ!挫けるもんか!」と自分に言い聞かせて頑張っていたのだという。

     

    そんな彼の様子は申込書からも伺えた。
    申込書をみると、開始日がなんども書き直されている。お金がたまらず、開始日を何度も遅らせていたのだ。

     

    彼がたまたまその日にエージェントさんを訪ねのは偶然では無いような気がしてきた。
    彼の、留学に対する思いが、SolのVibeを感じ取ったのではないか、とさえ話を聞いていて思えた。

     

    こんな生徒は彼だけではない。色々な生徒が同じような思いをしてお金をためているのだ。
    学校は語学を教えるだけの場所ではない。留学に来た者の、新しい人生のドアを開ける場所なのだと思う。
    期待を裏切らないようにしなくては、と身を引き締める。

     

    「だからね、もう、それはボロボロだから、新しい枕にしなさいって、今年のパンフレットを彼に置いてきたの。でね。。。。」
    興奮の収まらないSolの話を聞きながら、今週のスタッフ会議のアジェンダに、もう一行書き込んだ。
    私だけが身を引き締めてもしょうがない。スタッフ全員、同じ思いでそんな生徒たちを迎えよう。

    この記事の内容は 2014年03月28日 (金) に書かれたものです。

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    動物ボランティア体験

    先日、Inforumのアニマルボランティア先AWLから、ボランティア達の通訳を担当する日本人パートスタッフが妊娠とともに退職したため、申込み済み3名の受け入れが出来なくなったと連絡が来た。冷っ。そんな事で生徒に迷惑をかけるわけには行かない、と、私が通訳をかって出た。

     

    初日、長袖、長ズボン、スニーカー、帽子、日焼け止め、強めの虫除けを身につけ、お水とおやつ、お弁当を持ってAWLへ3名の生徒と朝8時に到着。

     

    担当のアネッタよりオリエンテーションパッケージをロゴ入りのエコバッグと一緒にもらい、名札をつけ、今後の日程を聞き、みんなで写真も撮り、気分は勉強(仕事)からを離れてピクニック。施設の見学をしながら、各部署の担当者も紹介してもらう。

     

    最初の仕事は犬舎から。サイズ、性格などにより1~3匹ずつが各20畳位の広さの犬舎で里親を待っている犬達。その数100匹以上。検診で健康を確認されてはいるが、隠し持っているかもしれない病気を隣へ移さないようにと、犬舎の移動には一舎一舎、ゴム手をはめ変え靴裏も消毒する。一舎ごと掃除、フンの除去、ベッドつくり、おもちゃ、毛布と水の交換などをして行く。昨日施設に来たばかり、犬舎デビューの6匹のブラックラブラドールの仔犬とも戯れ、ここまでの感想は、簡~単、イージー、イージー、ノープロブレム!

     

    私たちの他にもボランティアは全体で120名以上、一日に活動するボランティアは20名ほど。フン尿だけの処理を担当しているおじさん、早くもらわれて行くように、とグルーミングだけをもう12年もしているお婆さん、感染覚悟で病気の犬と遊んであげるおばさん、洗濯機7台を2回も回す洗濯担当おばさん、高いガソリン代を負担し、犬たちを散歩のためにビーチに連れ出してくれるおじさん、頭が下がるボランティアの人たちに次々と会い、午前中が過ぎていく。

     

    次々と「お客」さんたちも到着。犬舎や猫舎をみながら、新しい家族になる動物たちを真剣に見定めている。朝に戯れたラブラドールの仔犬は、お昼までに次々ともらわれて行き、犬のビーチ散歩が終わって戻った頃には、全匹もらわれていなくなっていた。昨日シェルターに到着、検診、虚勢手術、犬舎デビュー、「養犬縁組」まで24時間!シェルターのすばらしさを目の前で体験し、感動! 12時に終わるはずだったプログラムは、大きな満足度とともに3時に終了。

     

    2日目は猫だ。同じ要領で猫舎の掃除から始まる。猫と戯れることも大切な仕事。余裕~!

     

    と思っていると、アネッタの無線に連絡が入る。イプスイッチという町で、25匹もの捨て猫が確保されたとの報告だった。生後1~3週間。後で説明を受けたが、2週間未満の捨て猫は、生存確率が低いそうだ。あちこちで無線を聞いていたスタッフの顔色が変わり、シェルター全体にスタッフの緊張が太い電気となって走り、私たちの「ノープロブレム」雰囲気は一気にその電気でビビビと焼き消された。

     

    ここからは、まさに24時間緊急病棟のドキュメンタリーそのものだった。頭の中で、ナレーターの司会まで聞こえてきた。

     

    到着まで1時間しかない。到着時に25匹を入れるカゴ、手術室のケージ、薬品、虚勢準備、回復室のケージ、薬品、ミルク、餌、毛布、タオルなどが用意される。獣医たちが早めの食事を取るように支持され、私たちも手術室へ行き、猫をくるむタオルを、猫のサイズにあわせ何十枚も切る作業をした。(ちなみに、犬と違い、猫には感染菌や寄生虫、害虫などが多いらしい。なので、シェルターで猫に使われるタオルや毛布は再利用されることはなく、全て焼却処分される。)

     

    あっという間に1時間が過ぎ、猫が到着。4匹は成猫、21匹は子猫、その内10匹は手のひらに乗る10センチ程度の生まれたて。ミャー、と鳴けずにニー、とか細く鳴くのが精一杯。親猫にお尻をなめてもらえない猫たちはフンをすることも出来ず、お腹が餌ではなくフンで腫れていて、全身にはノミがたかっていた。感極まった生徒の一人が泣き出す。

     

    生かす為に即刻しなくてはいけない事は山ほどある。「この子達の運命は、あなたたちにかかっているのよ!やる事を教えるから、一回で覚えてね!」と厳しくアネッタに指導され、手術用のガウンと手袋に身を包み、彼女を含めた私たち5名の流れ作業が始まった。

     

    シャンプー、ノミの除去、リンス、タオルドライ、ドライヤーで完全に乾燥させ、ミルク室に連れて行き、授乳、餌を上げた後、手術室に運ばれ、検診。1キロ超えている猫たちは去勢され、回復室へもどされる。1秒たりとも無駄にせず、腰を曲げ、汗だらけになって4時間作業を続けた。獣医たちの緊張は続く中、私達の仕事は終了し、ボランティアコーディネーターが用意してくれて氷のしゃきしゃきアイスを食べながら、腰をトントン。質疑応答などを終え、感動と疲労のボランティアトレーニングが終わった。

     

    「1週間オーストラリアで英語と、1日で良いからボランティアがしたいんです~」といった生半可な気持ちでは出来ないこのボランティア、日本人スタッフが居なくなった今では、英語力もUpper-Intermediate以上が求められる。でも、この感動を、人生の1ページに刻むのは悪くない。長期でこちらに居る生徒には是非体験して欲しい。

     

    あ、そうそう、あれから引き続きボランティアに行き続けていた生徒から連絡が来た。あの子猫たちは1匹も居なくなったと聞いた。全部の猫たちが助かったとは思えない。でも、ほとんどの猫達がもらわれていったと信じよう。新しい家族の下で、猫じゃらしにじゃれている猫たちを想像しよう。あの日、頭の中で響いた緊急病棟の司会の声は、元気にミャーミャーと餌をねだる猫と、「全くうちの猫ちゃん、うんちが人並みに大きいは!こんなにコロコロして、来週からダイエットをさせなくちゃ!」と猫以上にダイエットが必要な「お母さん」の声に変わっていた。

    この記事の内容は 2013年11月01日 (金) に書かれたものです。

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    キャンファの花と胸の痛み

    キャンファの花が咲き出した。
    ほんのり香るこの花が咲くと、日本の沈丁花の様にGold Coastの春だ。

     

    沈丁花と同じで、この花が咲くと物悲しくなる。
    旅立ちの時期だから、別れの時期でもあるのだ。

     

    これから1~2ヶ月、長期でここで勉強をしてきた生徒たちの卒業が続く。
    一人ひとり思い入れがあり、その生徒たちがいないInforumを考えると、胸が痛むのだ。

     

    今日は、生徒・生徒会員・契約社員をインフォーラムで体験したQuentinが旅立っていった。

     

    フランス出身のQuentinは4歳の頃から、一つの国に3~4年も滞在すると
    また未開の地を目指して旅をする母に連れられ、既に5カ国での生活を経験済み。

     

    現在はバヌアトゥ島に住所がある。
    そんな生活のせいか彼は、物心ついたころから飛行機を眺めてはパイロットになりたい
    と夢を見ていたらしい。その夢は今でも変わらず、その夢の地に適しているかの視察も兼ね
    二十歳になったばかりでGold Coast、Inforumへ英語の勉強にやってきたのだ。

     

    Gold CoastもInforumも痛く気に入り、生徒会に応募し採用。生徒会員として今年4月の末までInforumで活動した。
    若いのに落ち着いて物事に取り組む彼は、頭の良さもあり、何を任せても期待以上の仕事をし私たちを驚かせた。

     

    Inforumを卒業後、5月末には仕事をしながら大学に通うため、Gold Coastを離れメルボルンへ向かった。
    彼なら出来る。みんな、そう信じて疑わなかった。

     

    しかし7月になると、彼のシェアメートだった生徒から、Quentinがたった2週間でメルボルンを離れバヌアトゥへ戻ったことを聞かされた。
    何があったのだろう。。。

     

    そんな時、偶然にも8月中旬から1ヶ月間ホリデーに行くダイアナの代役をするはずだったスタッフの都合が悪くなり
    トレーニングなしでも率先力になるバイトが必要になった。
    Quentin!とすぐに思いつき彼へ声をかけると、1週間後にはInforumへ戻り、昨日まで仕事をしてくれていたのだ。

     

    バイト中5時が過ぎ生徒たちが帰ると、私とSimonのオフィスへ来ては色々な話をする彼。
    私たちの(少ないが)人生経験、将来のアドバイス、他人に聞かれた事も無い個人的な事も聞いてくる。
    好奇心で聞いているのではないのがわかるため、しっかり向かい合い、毎日何時間も親子のように語り合った。

     

    彼の口からも、メルボルンという土地が合わず逃げ出してしまったこと
    パイロットになるための授業料が1000万円以上するため夢をあきらめかけている事
    一つの土地に止まる性格ではないのに、Gold CoastとInforumに惹かれてしまっている事の他、個人的な話が沢山された。

     

    生徒たちがアドバイスを求めて来るたびに、私達は「自分の子だったら」と想定し、本気でアドバイスをする。
    彼が本当の息子なら私達は、彼の性格、能力からパイロットの夢を捨てるべきではないことをアドバイスするだろう。
    Inforumは彼の職場としては器が小さすぎこと伝えるだろう。
    自分の未来は自分で切り開け!自分の夢は自分で勝ち取れ!と伝えるだろう。
    バイトで1000万は何年経ってもたまらない、と現実を伝えるだろう。
    でも、彼の母と同じく、私たちにも1000万の援助は無理だと伝えるだろう。

     

    Simonと私にとっても、Inforumを始める事は大きな夢だった。
    それを叶えるために半年間、毎晩友人達と語り合い、畳3枚分の大きさの紙に夢実現までの計画・実行項目を書いていった。
    その話をじっと聴いていたQuentinが次の日、A4ノート10ページの計画・実行案を持ってきた。
    一睡もせずに書き上げたらしい。覗き込むとなかなか悪くない。
    私の意見が書き込まれ、Simonの意見が書き込まれる。

     

    いつの間にか毎夕方の親子会話は、彼の夢実行のための戦略会議となり
    2週間後にはすべて叶えば誰にとってもWin-Winとなる立派な人生の計画表が出来あがった。
    その夢ノートと必要な「小道具」を持ち、彼は今日、明日のビザの期限日を前にフランスへ旅立って行った。
    “See you in January.”

     

    寮には彼の自転車が残され、寮の予約帳にはちゃっかり彼の名前で1月よりブッキングがされていた。

     

    胸が彼のいない寂しさで痛い。
    すでにMissing himなのだ。

     

    でも、頼もしく感じている。彼を信じている。
    これが、旅立つ子を送り出す母親が感じる痛みと誇りなのか。
    子供のいない私には到底わかりえないが、きっとそうなんだと思う。

     

    そんな事を感じ考え、コンピューターのスクリーンをぼんやり見ていると、ピ~ン、とメールが到着した。
    「Jun, Jet Starがセールしていたので、とうとうチケットをかいました。」生徒会で3年前に卒業したRyotaからだ。
    3年越しでRyotaとも夢実行計画を練ってきていた。

     

    彼の計画も進行中。IELTS6.5を目指しに5月に戻ってくる。
    寂しがってはいられない。夢ノートを持っているInforumの子供たちは他にも沢山いるのだから。

     

    Jun

    この記事の内容は 2013年09月15日 (日) に書かれたものです。

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